面白い離婚

面白い離婚なんてないと思いますが、ただ楽しく読んでもらえたらいいなと思います。

お酒は好きですか?

わたしはお酒が好きです。

強くはありませんが、毎日少しは飲みたいタイプです。

今は一人暮らしなので、好きなお酒を好きなときに買って好きなだけ飲んでいます。


実家の両親は酒好きで、子供の頃からお酒がない食卓は見たことがないくらい、いつも飲んでいました。


ビールはケースで買っていたし、日本酒の一升瓶もなかったことはありません。


一方、彼の実家はあまり飲まないお家。兄弟は飲める方ばかりでしたが、ご両親はあまり飲まないタイプ。

特に、女が酒を飲むなんて、という感じのお父様でした。


もちろんわたしは、お酒が好きなんて一言も発しませんでした。当然向こうのお家でお酒をご馳走になるなんてもってのほか。

結婚してから7年間、彼の実家では一口もお酒を口にしませんでした。


が、当然家では飲みます。

発泡酒を買って来て冷蔵庫にキープ。

晩酌の習慣のなかった彼も、なぜかわたしが飲むと必ず飲みます。


今冷静に思えば、なんでもわたしの真似をする彼でした。

わたしが風邪っぽいなーと言えば、俺も!俺も!

わたしがビール飲みたいな〜と言えば、俺も!俺も!

肩が凝るんだよね、と言えば、俺も!俺も!



そんなところが、嫌いじゃなかった。

わたしも、とても彼のことが好きだった。


晩酌の習慣がなかった彼は、わたしが晩酌をするので真似をして飲むようになったけど、トラックのドライバーになってからも晩酌をやめず、そういった自覚のなさ、プロ意識の低さがとても嫌でした。


わたしのせいでついてしまった晩酌の習慣、いまも続いているのだろうか。

少し、思い出してしまった今夜の晩酌は、蕎麦焼酎です。

寒いので、お湯割りで。


外食時の悲しみ

外食、通常は『美味しいものを食べにいく』楽しいものです。

大好きな人とならなおさら。

美味しいねといいながら、誰かと一緒に食べるご飯はとても良いものです。


モラハラ傾向のある(傾向なのか、モラハラそのものなのかはとりあえず置いておきます。)彼との外食は、もちろん楽しい時もありましたがだいたいが胃の痛くなる時間でした。


まず、目的のお店がいっぱいで、お客さんが並んでいる場合。

いきなり却下です。

『ここに行こうね』と言って行ったのに、行列を見た時点で彼は踵を返します。

そこからごはんジプシーがはじまります。

要領の悪い私は、プランBを考えておかないので、そこから助手席で必死に近隣のお店を探します。

私が検索をしている間も彼は運転をやめないので、検索で見つかったお店がすでに通り過ぎたところにあったり、運良くたどり着いてもまたそこが行列だったり‥

そうするうちに時間はどんどん過ぎ、お腹が空いている彼はみるみる機嫌が悪くなっていきます。

焦った私が選んだお店は、お値段が予算以上に高かったり、美味しくなかったり‥。


運良く目的のお店に入れた場合でも、浮かれた私がメニューに悩んでいると彼のイライラが増してきて‥。

店員さんが注文を取りに来ると、私の言葉を待たずに自分の注文を告げ、『それを2つ。』


たまたま目的のお店に入れて、私も迷わず注文ができて、お料理が来て‥

と一見順調な時でも、私がうっかり発した『それおいしそうだね、一口ちょうだい!』

彼はみるみる不機嫌になり、お皿をこちらに押しやると『やる。』

ありがとう〜と一口食べて返そうとすると『いらない、全部食え』


『ひとくちちょうだい』は、嫌いな人も多いと思います。

実際私も、大勢のグループで行った時にお皿がぐるぐる回り始めるのは嫌いです。

でも、大好きな人とふたりでご飯を食べている時に、『美味しそう!それひとくちちょうだい』って分け合うのは楽しいものではないのでしょうか。

大好きな人と美味しいものを食べていて、『これ美味しいよ!ひとくち食べてみて』って分け合いたくなるのは私だけでしょうか。


彼は私とは分け合いたくなかった、それだけでしょうね。


そういったことが積み重なるうちに、彼との外食は私にとってただただ辛いものになっていきました。

出かける時点で、『美味しくなくて彼の機嫌が悪くなったらどうしよう』『お店がいっぱいだったらどうしよう』


彼と別れて一年ちょっと、いまだにときどきこの光景を夢に見たり、ふと思い出して悲しい気持ちが蘇ったりすることがあります。

『結局その時自分はどうしたかったのか?』をいまだに考える日々です。

一番嫌だったこと

離婚して一年が過ぎました。

離婚記念日には缶ビールでひそかに一人乾杯。

おいしいおつまみと一緒に自由を喜びました。

 

ところで、離婚して一年もたつと、つらかった記憶もすこしづつ薄れてきます。

そんななか、いまだに思い出して心が痛むことがあります。

物を投げられたり、ライターの火を近づけられたことは確かにとても怖かったけど、こういう物理的な怖さって薄れてくるような気がします。

が、思い出すたびに心に ズキ っと痛みが走るのは、やはり心の傷なんでしょうかね。

 

 

大したことじゃないと思います。

『なんだ、そんなこと』って思う人もいるでしょう。

でも、私にとってのとても重たい思い出。

忘れられないし、思い出すたびに痛いのです。

 

 

 

 

『ごはんができたよ~』って言われたら。

ふつう、ごはんができたよ さあ一緒に食べよう という意味に理解してもらえるのではないかと思います。

 

彼は違いました。

 

『ごはんができたよ~』

 

『食べ~ね』(中国地方の方言です 意訳すると 食べなさいよ、とか 食べれば? です)

つまり、私としては ご飯が出来たので一緒に食べましょう という声掛けをしたつもりだったのですが、彼から帰ってきた返事は

 

勝手に食べれば?

 

 

です。

 

 

私の言葉が足りなかったのでしょうか。

『ご飯が出来ましたので、こちらへきて一緒に食事をとってください』と。

言えばよかったのでしょうか。

 

この『食べ~ね』は 何度も言われました。

 

私も、今となっては上記のように丁寧に(嫌味を込めて)言えばよかったと思いますが、当時はただただ悲しく、冷めていくご飯を見ながら彼がご飯を食べる気になるまで食卓で待っていました。

 

いまなら、ちゃんと『なんで?一緒に食べようよ』とか、『そう。じゃああなたの分は処分するね(怒)』とか返せそうな気がしますが、その時は私自身もおかしかったのでしょうね。

いまならそうやって対応策も考えられるのに、その時は考えられなかった。

たぶん、その時に誰かが、『どうして傷つくの?言い返せばいいのに。』とアドバイスしてくれても、その時には実行できないのです。

これが、モラハラによる支配下にある状態、なのでしょうかね…。

 

なにはともあれ、今は一生懸命作ったご飯をけなされたり、食べてもらえなかったりすることはもうないのです。

だからそんなことはもう忘れてもいいのにね。

 

 

かさぶたになっていることを忘れて、うっかり掻いてしまってまた血が出る。

 

マレフィセント

なんだか勢いづいて、じゃんじゃん更新しています。
実はここ最近、モラハラの呪縛から徐々に覚めつつあるようで、すごく気持ちが楽になってきたのです。
離婚してからも、『自分はダメだ』『やっぱり死ぬしかない』などと悲観的な思いにとらわれて、離婚したのに、これからは自由なのに、なんでこんなに苦しいんだろうと悩んでいました。
とにかく、自分に自信が持てない…。
友達から、ラインの返信がないだけで、嫌われたのかも?変なこと言ったかな?などと不安になる日々。

友達と会ったり、運動をしたり、できるだけ気持ちを上げられるように過ごしました。
でも、約一年…。私は足踏みしていたのだと思います。
やっと最近、『ああ、私はもっと強かった!』ということを思い出しました。

アンジェリーナ・ジョリーさんが主演された『マレフィセント』。
結婚している間に、元旦那と観に行きました。
元旦那は、あまりお気に召さなかったようでしたが、私にはマレフィセントがとてもカッコよく、愛があるのを感じて好きな映画のひとつとなりました。

最近になって、私にも千切りとられた大きな翼があったなと、あの映画を思い出すのです。
大好きな人に、千切りとられた力強い翼。
たぶん私、牙もあった。


どっちも、取り返す。
自分の力で。
そもそも自分の中にあるものだから。
よみがえらせる。

さよならアイテム

離婚するときに住んでいた家は、私の名義で借りていました。
世帯主も私です。
私の職場へは車で10分。
詳細はまた書きますが、離婚の半年前に就職が決まった彼の職場へは車で40分です。
なので、離婚が成立したのち、彼に出ていってもらうことになりました。

が、これがなかなか出ていかないのです。
離婚成立する三ヶ月前から、私は実家に戻り、仕事へは実家から通っていました。
5月のはじめに離婚成立して、彼が出ていったのが7月の半ば。
どうやって引っ越ししたのかわかりませんが、引っ越し完了の連絡を受けて家に帰ってみると、3LDKの一部屋に私の荷物が全部入れてあり、彼の荷物はきれいになくなっていました。
が、肝心の部屋の鍵が帰ってきません。
鍵はふたつ、私と彼がそれぞれ持っていますが、彼が返してくれないと私はその部屋に住むことができません。
結局、業者さんにお願いして、鍵をまるごと取り替えてもらいました。

家に帰って、自分の荷物を確認してみると、いくつかなくなったものがありました。
彼が持っていったのだと思いますが、なぜ持っていったのかわからないものが…。


すずらんの鉢
 陶器の鉢に、私が植えたものです。すずらんは春先に咲いて、夏場は枯れ草のようになります。
 引っ越し時期には、ただの枯れた鉢だったはずなのに…。

胡蝶蘭の鉢
 これは、私が以前の勤め先で頂いたものです。濃いピンクの花を咲かせていて、とても綺麗でしたがデリケートなお花です。彼はちゃんと世話ができるのでしょうか。

マランタの鉢
 これも、私が前の勤め先で退職する際に頂いた観葉植物です。

ウェディングブーケ
 結婚式の際に、アートフラワーを習っているという彼の伯母が作ってくださったブーケです。
 『どんなのがいいか』と聞かれたので、『バラのラウンドブーケがいい』と言ったら、なぜか胡蝶蘭のキャスケードブーケができて衝撃を受けましたが、ケースに入れて大切に飾っていました。

マンガ本
 私はマンガが大好き。全巻揃ったもの、途中のもの、いろいろありましたが、本棚ごと一切合切なくなっていました。

食器、カトラリー類
 彼が独身の頃、独り暮らしで使っていたものはもちろん、私が実家から持ってきた小皿やお汁椀など、一切合切以下略。

直径30センチの大鍋
 またカレーを食べ続けるのでしょう

トイレのカバー、マット等一式
 新しいおうちのトイレで使えたんでしょう

赤いお財布
 アニエスb.の、かわいいお財布を私は食費専用のお財布として使っていました。
 三月に家を飛び出して実家に帰るとき、うっかり置いてきてしまいました。

婚礼布団一式
 私の両親が、結婚するときに買ってくれたお布団セット…なくなってしまってとてもショックですが、ずっと彼が寝ていたそのお布団にもう未練はありません。




一人で生活しはじめて、あ、あれがない これもない と気づきました。
もう取り返そうとは思わないけど、そういうことに気づく度に『私の選択は間違ってなかった』という思いを強くするのです。
ただ、植物たちに関しては、ちゃんとお世話してもらっているのか、今年も咲いたのか、そして、なぜ持っていったのか気になるのです。

恐怖のカレー

愉快なタイトルですが、真面目な話です。

カレーを、二ヶ月間食べ続けたことがありますか?
インドでは、カレーが日本における醤油のような存在で、いろいろ組み合わせつつ基本カレー、らしいのですが、そんなお話ではありません。

彼が、無職だったある日。
私が仕事から帰ると、彼が大鍋でカレーを作っている最中でした。
彼はコックなので、料理はもちろん上手です。
が、『家で』『自分が』作るものは、意外と適当です。
適当というか…うーん、なんて表現したらいいのかな。
かまわない? 
それは置いといて、彼が作っていたカレーは市販の固形ルーを使ったもので凝ったものではありません。
が、私が少しずつ使おうと冷凍していた肉類がすべてぶちこまれていました。
牛肉、豚バラ肉、鳥もも肉…
あら豪華!
…ですが、その三種があれば三日は毎日違うメインおかずが食べれるのに…。

『えっ 冷凍してたやつ、全部使ったの?』
もちろん私も配慮がなかったと思います。
作ってくれてありがとうの前に、この台詞をいってしまったのですから。
彼はみるみる機嫌が悪くなります。
最悪の雰囲気のなか、豪華なカレーを食べました。
が、直径30センチ深さ30センチの大鍋になみなみと作られたカレー…。
最低でも一週間はカレーを食べ続けるのか…と正直うんざりしたのでした。

ところが!
『最低でも一週間』なんて甘かったのです!!
カレー7日目。
鍋のそこをさらいながら、『明日には食べきるな…よしよし』と心のなかで思いました。
その翌日。
私が仕事から帰ると、ふんわりとカレーの香りが…

まさか!!!
鍋のふたを開けると、なみなみとカレーが!!!!

週の頭に、失敗した私は今回は失敗しません。

『わーありがとう、カレー足したんだね』

心でとほほと泣きながら、ゴージャスなカレーを食べました。
今回は、魚肉ソーセージが追加されておりました…。

カレー14日目。
長い戦いが終わった…わけはなく、先週に戻るですよ!!ループですよ!デジャヴかと思ったわ!!

結局、カレーが一ヶ月続いたところでさすがに私は言いました。

『もう カレーは ちょっと…』
『はぁ?! 俺無職なんだよ?収入ないんだよ?(なぜか偉そう)贅沢言ってんじゃねーよ!』


ええ、あなたは無職です。
収入はありませんし、再就職のあてもありません。
が、私は働いており、カレーを一ヶ月文句も言わず食べ続けましたよ?

…などと言えるはずもなく、ああ、また地雷を踏んでしまったようだ…とシャワーを全開にしてすすり泣く私なのでした。

結局カレーは二ヶ月間続きましたが、さすがに彼も飽きたのかそこで記録は(笑)ストップです。

ちなみに、私もなにもしなかったわけではなく、サラダを作ったり、煮物を作ったり、副菜は作っていました。
カレーをカレーうどんやドリア、焼きカレーにするなどの工夫もしました。


でも、意外にも私、カレーは嫌いになりませんでしたよ。さすがにこのときはうんざりしましたが、今でもカレーは嫌いではありません。
彼は嫌いになりましたけどね(笑)

指輪を買いに行った日。

めずらしく更新早め。
ふと思い出したので、思い出しているうちに書いておこうと思います。
時系列がむちゃくちゃですが、いつかパソコンを買ったらなんとかまとめます。

パソコン、持っていたんですけどね…。
離婚したときに彼にあげてしまいました。



さて、『指輪を買いに行った日』のおはなし。
そう、結婚指輪です。
お金もなかったので、豪華な婚約指輪ははじめから諦めていましたが、わたしは結婚指輪は欲しかったのです。
ちゃんとした結婚指輪。
でも、別にこだわりはありませんでした。
近所でいいので、ふたりで素敵なお店に行って、気に入ったものを買ってもらえたら、すごく嬉しい。
その事を彼に伝えました。

お店は、彼の勤務先のホテルと提携しているブライダルリング専門店に行くことになりました。
ブランドなどにこだわりはないので、全然オッケー。
彼と一緒に、会社からの紹介状を持ってそのお店にいきました。
きらきらときれいな指輪が並べられ、きらきらと美しい女性店員さんが満面の笑みでお迎えしてくれます。
事前にパンフレットである程度の希望を決めていたので、何点かの実物を見せてもらいました。
どれもパンフレットより素敵。
わたしはうっとりと嬉しいきもちでいっぱいでした。
実際に見てみると、パンフレットでいいなと思ったものより他のものの方が好みだったり、思っていた感じと少し違ったりで、結局、事前に第一希望だったものでないもので決定しました。

指輪の裏側に、相手へのメッセージを意味するカラーストーンを入れられるとのこと。
相手へのメッセージ=相手の指輪に、自分が選んだ石が入る という解釈ですよね?
なのに、なぜだか彼は自分の指輪の裏側に入れる石を勝手に選び決めました。
あれ?と思いながら、わたしは『あなたのそばで笑っていたい』という意味の水色の石を自分の指輪に入れてもらうことにしました。
ま、わたしがそう思っている、という解釈でいいのかな…と思い、あまり気にせずお店を出ました。


そして、帰りの車のなか。
彼の説教が始まりました。

わたしが、『そのデザインは好きじゃない』といったデザインの指輪を、店員さんがしていた。なんで『好きじゃない』とか言うのか。

店員さんがおすすめしてくれた、ピンクのストーンにしなかったのはなぜか。せっかくおすすめしてくれたのに、違う石を選ぶなんてひねくれている。

他にもたくさん言われた気がします。
帰るまで約一時間、車内はずっと説教モード。

わたしはうきうきと嬉しい気持ちはすっかりしぼんで、ただただ ごめんなさい。 を連発していました。
以降、指輪を見るたびにデザインも、裏のストーンも、いまいち嬉しくなくてときどき投げたくなっていました。

離婚時、わたしの指輪は毎日使っていたので使用感がありましたが、彼は結婚して七年間、2~3度しか着用していないので新品同様でした。
あ オークションの説明文みたい(笑)
離婚して、半年くらいで貴金属買取り屋さんにお引き取りいただきました。

『はあ?』って口があいて、笑うしかない、みたいなわたしの結婚生活でしたが悲しいこともまあそれなりにありました。
今ではこの指輪の話は、知人にするときは少し盛って大笑いネタとしてお話ししますが、今から結婚するというときに、『結婚相手のわたしより、ショップ店員さんの方が大事なんだ…』というきもちで悲しくなったのは本当です。

ま、このあとすべてにわたり、わたしはいつだって彼にとって『大事な人』ではないのですがね(笑)