一番嫌だったこと
離婚して一年が過ぎました。
離婚記念日には缶ビールでひそかに一人乾杯。
おいしいおつまみと一緒に自由を喜びました。
ところで、離婚して一年もたつと、つらかった記憶もすこしづつ薄れてきます。
そんななか、いまだに思い出して心が痛むことがあります。
物を投げられたり、ライターの火を近づけられたことは確かにとても怖かったけど、こういう物理的な怖さって薄れてくるような気がします。
が、思い出すたびに心に ズキ っと痛みが走るのは、やはり心の傷なんでしょうかね。
大したことじゃないと思います。
『なんだ、そんなこと』って思う人もいるでしょう。
でも、私にとってのとても重たい思い出。
忘れられないし、思い出すたびに痛いのです。
『ごはんができたよ~』って言われたら。
ふつう、ごはんができたよ さあ一緒に食べよう という意味に理解してもらえるのではないかと思います。
彼は違いました。
『ごはんができたよ~』
『食べ~ね』(中国地方の方言です 意訳すると 食べなさいよ、とか 食べれば? です)
つまり、私としては ご飯が出来たので一緒に食べましょう という声掛けをしたつもりだったのですが、彼から帰ってきた返事は
勝手に食べれば?
です。
私の言葉が足りなかったのでしょうか。
『ご飯が出来ましたので、こちらへきて一緒に食事をとってください』と。
言えばよかったのでしょうか。
この『食べ~ね』は 何度も言われました。
私も、今となっては上記のように丁寧に(嫌味を込めて)言えばよかったと思いますが、当時はただただ悲しく、冷めていくご飯を見ながら彼がご飯を食べる気になるまで食卓で待っていました。
いまなら、ちゃんと『なんで?一緒に食べようよ』とか、『そう。じゃああなたの分は処分するね(怒)』とか返せそうな気がしますが、その時は私自身もおかしかったのでしょうね。
いまならそうやって対応策も考えられるのに、その時は考えられなかった。
たぶん、その時に誰かが、『どうして傷つくの?言い返せばいいのに。』とアドバイスしてくれても、その時には実行できないのです。
これが、モラハラによる支配下にある状態、なのでしょうかね…。
なにはともあれ、今は一生懸命作ったご飯をけなされたり、食べてもらえなかったりすることはもうないのです。
だからそんなことはもう忘れてもいいのにね。
かさぶたになっていることを忘れて、うっかり掻いてしまってまた血が出る。